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小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

思い出の地

こんばんは。


今日知り合いに言われました。

「昔と比べて、結婚というものを全く意識しなくなったな」って。

そうですね。言われてみればそうかもしれません。

少し昔までは、結婚というものが自分の中でとても大きなもので、ある意味人生の目標であり、ゴールに近かったのかもしれません。


ですが、最近の自分は本気で自分が結婚出来るとは思いません。

一生独身なのじゃないかと本気で思っています。


それに、人を好きになれる自信がありません。

それは僕の忘れられない人を、決して忘れることが出来ないということだと思います。

僕は僕の忘れられない人を忘れ、他の誰かを好きになることを、今の僕は全く想像出来ません。


だからでしょうか、自分の結婚なんて全く考えられません。


女性ばかりの職場ですと、一般的に男性は女性を選べる立場らしく、比較的社内恋愛は多いと思います。


僕は会社では真面目だと言われます、

これだけ女性がいる中で、誰とも遊びに行かず、男同士でしか遊びに行きません。

それに会社の女性の連絡先は必要以上の人は知りませんし、連絡も取っていません。

それに、誰が可愛いとか、会社の男性陣のそういう会話にも混じりません。

一部分に関しては、僕がただただ女性陣から人気がないだけだとは思いますが、僕自身も正直、そこに対して積極的でいたいとも思いません。

でもやっぱりそれは、忘れられないからだと思います。


たとえ忘れられない人と会ったからといって、僕にはどうすることも出来ません。

それでも、もし会えたならきっと僕はこう思うと思います。

「世界で一番可愛い」、「やっぱり好きだ」

ほぼほぼ間違いなく、僕はこう思います。

いや、絶対に。

だからといって、どうしようも出来ないからこそ……なのですが。


僕は魔法でも使えればと思います。

そしたら、どうしようもない現状をどうにかできるのかもしれません。

いや、魔法なんか使えたとしても意味ないかもしれません。

僕は僕自身の手で未来を掴まなければいけないんだと思います。


明日は、今日と言った方がいいでしょうか。

僕は僕の大切な思い出の地に足を運ぼうかなと思っています。

その理由は単純です。

まず、近いからです笑

別に近くに住むつもりなんかありませんでしたが、職務上近くに住むことになってしまいました笑

二つ目にもしかしたら、本当に本土を近いうちに離れてしまうかもしれないからです。

近くにいるなら、今のうちに自分の思い出に浸っていたいと思います。

僕はたった1人で、思い出の地でただただ時間が過ぎるのを待ち、何かを思い考えます。


思い出の地にはとても綺麗な公園があります。

それは忘れられない人に教えてもらいました。

そして素敵なショッピングモールもあります。

僕は今日日曜日、ただただ自分自身一人で、午後か夕方あたりにそこに行き、何かを思い、きっと涙を流してくるんだと思います。

自分がこの上なくカッコ悪く、情けないと思います。

……僕はやっぱり、結婚は出来なそうです。



おやすみなさい

風は吹いているのか



こんばんは。


今日はいろいろ思うことがあって、自分に風は吹いているのか、しばらく考えていました。

しばらく考えてみましたけど、やっぱりわかりませんでした。

風は吹いているかもしれないし、止んでいるかもしれません...


しかし、よく考えてみればまだ扉は半分閉ざされているんですよね。

まだ半分残っている……

そう考えれば、0.0000000000000000001%くらいは風が吹いているんじゃないのかと思いました。

かなり低い数字ですね笑


ですが、自分の譲れない気持ちというのはあります。

絶対に譲れないです。

自分の残りの寿命全てをかけたといっても過言ではありませんから。

まあ、僕がかなり長生きすれば話は別だとは思いますが笑


扉はあと半分…… それはもう一度、その扉を開くために残っているんだと僕は思いたいです。


中途半端な状態で終われません。

もう一度、扉の前に戻らないと。

そうしないと、一年近く前の僕がかわいそうですし、今の僕も寂しいです。


とても、とても、とても寂しいです。

友達がいないからじゃないです。一人だからでもないです。

そういうことじゃなくて、寂しいのです。


どんなに困難な状況でも、絶対に気持ちは切ってはいけないと思います。

譲れない想いですから。


おやすみなさい




世界で一番



「花は散りゆく季節はめぐる 涙ひとしずく零れ落ちる

いつか思い出に出来るかな 好きすぎるからもうサヨナラ」

「I don't wanna say」


こんばんは。

これはmiwaさんの「サヨナラ」という曲の一部分を抜粋したものです。

僕はmiwaさんのこの歌詞が特に好きです。


通訳という職位は当たり前ですが、毎日外国語を耳にします。

その中でこの表現いいな、って言葉がたくさんあります。

でも、やっぱり日本人であるからか、日本語の表現にはいつも感銘を受けています。

凄い人は世の中にたくさんいるなと感じます。


私事ですが、絶賛悩みの渦中です。

穏やかな生活のために東京に戻ろうか…… みんなはこちら側を強く僕に勧めてきます。


はたまた、通訳や案内業務を生かして自分のずっとやりたかった仕事のために生まれ故郷を離れるか……僕は自分の気持ちの中ではこちら側が強いです。


現職は立派な職位頂いていて感謝の気持ちもあるのですが、さすがにここでは書けないようなことばかりが起きているので、いられないなというのは感じています。

僕自身に何か害があるわけではないですが、僕の中の正義感が会社側を許せないです。


とまあ、そんなくだらない話はおいておいて。

Mr.Childrenさんも歌っていますね。

「仕事に汚されていて」って。

仕事のことはとりあえず一旦無視しましょう。


最近、僕は思いました。

女性の多い職場ですし、雰囲気的にも、多分僕が何も言わずにただ大人しくしておけば「結婚」自体は出来るのだろうなって。

そんな気持ちは今の僕には全くありませんし、職場に好きな人も気になる人もいません。

僕の気持ちはいつだって、「心ここにあらず」です。


でも、誰かと将来の僕が結婚出来たとした際には(多分出来ませんが笑)、僕は嘘をついて生きていかなければいけません。

「世界で一番可愛い」という言葉は、一人の女性にしか使ったことがありません。いや、後にも先にも、今の自分の現状を考えれば、もう使うことのない言葉でしょう。


僕は過去の作品でこんな一説を書いたことがあります。

「「可愛い」という言葉を作った人は間違いなく予知夢者かその類の何かだ。だって、その言葉は彼女の姿を表現するためだけにあるからだと僕は思っている。だから、今世の中に「可愛い」という言葉が存在していなかったとしても、彼女を初めて見た瞬間の僕が、その言葉を世界に生み出すことが出来た」

たぶんこんな感じでした。アバウトですけれども笑


僕が思う「世界で一番可愛い人」は、まさにこんな一説が世界で一番似合う人だと僕は思っています。

しかし……彼女は自分の可愛さを勘違いしているように僕は思います。凄く可愛いのに、自分の可愛い部分を理解しきれていないように思います。そんな彼女の純粋なところが僕は大好きでした。


僕が彼女の「世界で一番可愛い」部分を知っていると今でも思っています。


不思議ですね。

会えなくなってからしばらくが経ちますが、僕は最後に逢った彼女より、初めて逢った彼女の方が鮮明に覚えています。

もちろん今でもです。とても綺麗だなって今思い出しても感じますね。




おやすみなさい


忘れられない人へ


こんばんは。

最近恒例となった「忘れられない」シリーズです。笑

そんな冗談はおいておいて。


今日空いた時間に過去の自分の日記を読み返していました。

「怪我をしないことが一番の才能」って書いてありました。

怪我に泣かされ、怪我に苦しんできた自分らしい言葉だなと思いました笑


ただ、それと同時にとあることも思い出しました。

僕の忘れられない人は、とても体が弱かったです。

いつも熱を出してしまったり、辛い思いをしていました。


僕は彼女が苦しんでいる時間がとても辛かったです。

こんなに素敵な人が苦しむ必要ないといつも思っていました。

変わってあげられるなら、僕が変わってあげたかったです。

それくらい素敵な人でした。

ですから僕は今でも、忘れられないのです。


たとえもう二度と会えることがないとしても、僕は彼女が病魔に苦しむことがあるなら変わってあげたいと本気で思っています。

お礼なんかいらないし、そんな事実があるのか彼女が知らなくても構いません。

それでも僕は今でも、彼女が苦しい思いをするなら変わってあげたいです。


でも、ずっと、毎日忘れていないこともあります。

彼女は僕に話しにくいことを話してくれました。

僕には彼女をそれから救ってあげることは出来ません。

でも、ずっと傍にいて支えてあげたいと本気で思っていました。

……今では、叶わない思いです。


僕は今、僕の忘れられない人が体に気をつけて元気でいてくれれば何よりだと思っています。

それが今の僕の、忘れられない人への唯一の願い、というものでしょうかね。



おやすみなさい



忘れてはいけないこと



こんばんは。


過去のことは過去のこと、あの時の自分は若かった、みたいなことで物事を終わらせてしまう人がいますよね。

それはそれで悪くないのかもしれません。


でも僕は、どれだけ傷の深い思い出であっても忘れたくはありません。

忘れてしまったら、頑張った、一生懸命だった過去の自分がかわいそうだからです。


どんなに辛くて、寂しさを感じても、僕は忘れたくはないです。

人間ですから、砂時計のように少しずつ、自分も気付かないレベルで物事を忘れてしまっていくんだと思います。

でも、僕は抗いたいです。

たとえ傷が塞がらず、痛みを伴おうとも、忘れてしまうくらいなら痛いままで結構です。


忘れたくなんかない。

それは過去を見ていても、美来を見ていても、今を見ていても、変わることなく僕は思います。


たとえ僕がどこへ行こうとも。

思い出の地を離れようが、生まれ故郷を離れようとも。


実は僕は首都東京の生まれです。

ですが、僕は東京のことが正直好きではありません。

かと言って嫌いでもありません。


東京には会社がいっぱいありますよね。

大手や名前の知れた会社じゃなくても、東京の会社は給料が良いと僕は思い出ます。


東京生まれの僕は子供の頃、不思議でしょうがなかったことがあります。

なんでみんな朝に電車に乗って、夜に電車に乗るのだろう、と。

それは育ちの街が変わっても時より思っていました。


子供の純粋な疑問です。

その質問に対する通常の答えはこうです。

朝は通勤のため、夜は帰宅のためです。


でも、子供の頃の僕が思っていたことはそんなことじゃありませんでした。

もっと純粋な感情で上の言葉を思っていました。


あれから年を重ねて思います。

僕は東京のサラリーマンにほんの少しの憧れと、得体の知れない大きな嫌悪感を抱いています。

きっとああなりたくて、ああはなりたくなくて学校の勉強は多少してきたんだと思います。


僕が生まれ故郷の首都東京を好きじゃないのは、きっとこういうところが大きいのかもしれません。

でも、東京の良いところも知っています。

でもやっぱり……


おやすみなさい


忘れられない思い出



こんばんは。



僕には忘れられない思い出があります。

改めてですが、まだ何も決まっていない状態なので確実なお話ではないのですが、僕の希望はやはり、生まれ故郷を離れることにあります。

本州を離れて遠い場所に身をおこうと考えています。


もちろん自分の思いを現実に目に見える形で表現することも大切ですが、その前に、僕が生まれ故郷を離れる前に振り返っておきたいことがたくさんあります。


ほとんどが昨日と同じお話ですね。

決して忘れることのできない記憶があります。

何があっても忘れられないものです。


その期間だけをくり抜いて考えれば、僕はすごく幸せだったと思います。

ただ、周りの友人達はそうは思わなかったみたいです。

「お前がそこまですることない」「お前がそんなに苦労することない」「お前がそんなに気を遣う必要ない」「意味がわからない」

こんなことをよく言われていました笑笑


みんな僕のことを思って言ってくれたんだと思います。

でも、僕は幸せでした。

最終的にどうなったかではなくて、当時の僕は幸せでした。

だから当時の幸せな僕と、今の僕、それに一番辛かった時の僕を比較してどうこうとは言いません。

それはほとんど別人に近いようなものだと思うからです。


周りの友人であろうが、誰であろうが、僕は僕の気持ちを一番大切にしていました。

だから、何を言われようとも、守りたいものは自分の手で守りたかったです。

でも、守りきれませんでした。

それは素直に僕の力不足です。

未熟だったという一言で終わってしまう話でしょう。


歳を重ねて過去を振り返ると、急に「大人」ぶる人がいると思いますが、僕はそんなことしません。

「考え方が甘かった」とも、「幼かった」とも、「まだ子供だった」とも、僕は過去の僕をそんな風には思いません。

あの時の僕は必死でした。

幸せだったから、余計に必死だった。


必死に一生懸命だった自分を、月日を重ねた自分が軽くみるだなんて、自分自身に対する最大の侮辱だと思います。


僕は結果がどうなってしまうか分かっていても、過去の僕を絶対に止めません。

必死に一生懸命やったけど、守りきれなかった過去の自分を、守りきれなかったけれども、「よく一生懸命頑張った」って褒めてあげたいと思います。

それでも、過去の僕は「守りきれなきゃ意味がないんだ」と言って大泣きするでしょう。

でもやっぱり、僕は褒めてあげたい。自分自身を。


今も昔もこれからも、やっぱり僕は僕で、その時を真剣に生きているんだと思います。


未来な僕は今の僕を見て、なんて思うんでしょうね?


おやすみなさい





忘れられない人




いきなりですが、僕には忘れられない人がいます。

何度かお話していますが、たとえ僕が記憶喪失になって、自分の名前ですら忘れてしまったとしても、その人のことだけは忘れられません。
僕は今も、これからも、自分が自分を許す限り過去に生きていくことになります。

ただ、僕はその人の幸せな日々を邪魔するわけにはいきません。
だから僕は毎日心の中で、思い出して、どうすることも出来ないままにただただ時間だけが過ぎ去っていきます。


しばらく前ですけれども、僕が忘れられない人と会えなくなってから、twitterのホーム画面が僕にとってその人との思い出深い写真であったことがあります。
僕は少し、期待をしてしまいました。

でも、バカですよね。
別に僕自身がどうであろうと、元来その人はその映画が好きでしたし、その場所自体も好きなんですから。
ホーム画面がなんであれ、そこに僕の入り込む余地がないことなんて明らかなのに、僕はほんの少し、「未来」を期待してしまったんです。
「過去」に生きる僕が、「未来」を夢見た最後の瞬間かもしれません。

日記を読み返してみると僕はかつての僕が抱いていた「好き」を、「思い出」を鮮明に思い出します。
そうするといつも涙が零れています。
無意識のうちに涙が零れているということは、僕は今でも「好き」だからだと思います。
恥ずかしながら、自分でも把握しきれてないところがありますけど、でもやっぱり好きなんでしょうね。
今も昔も、そこだけは変わることなく……

もともと僕は女性が多い環境にいます。
それを好んでいるというわけでは特にないんですけど、いろいろあってそういう環境に属しています。
でも、不思議なくらい僕はよそ見しません。
別に意識していたわけではないです。
女性が多い環境なんですから、男同士で誰がその環境の中で一番可愛いかって話とか普通に出てきます。
そういう話が始まるのも女性が多い環境の男の同士の中では、僕自身も十分に納得できます。

でも、僕は男同士で実際にその話になった時、対応に困りました。
心の中の本心では、そういうことは1ミリも考えていませんでした。
それに、周りの男達を笑わせて盛り上げられるような気の利いた返しもできずに、ただただ何も言えませんでした。
自分の周りにどれだけの女性がいようと、僕はそれと関係なく「過去」を生きて、自分が「世界で一番可愛い」と感じた人のことだけをずっと考えて、思い出していたからです。

だから、僕はこれから先もずっと「過去」を生きていくんだと思います。
本当に信頼しているわずか数人の友人にだけ話はしました。
彼らは僕のことも、その人のことも、どちらも責めません。
そんな友人が、僕は大好きです。

たとえ、誰かに何かを言われようが僕の気持ちは他の誰にも変えられません。
そして、他の誰も僕の気持ちを悪く言う権利はありません。

僕の気持ちの、僕の素直な「好き」ってそういうことなんです。
「軽い」とか「重い」とか、「早い」とか「遅い」とか、「丁寧」とか「ゆっくり」とか、そういうことは僕はよくわからなくて、ただ、気が付いたら、僕は「好き」なんです。
それが僕の胸にある限りずっと……101年の時間であろうとも。


おやすみなさい