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passing

小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

風は吹いてるのかな…



こんにちは。


今日も元気よく更新したいと思います。

このブログでは思っている事なんかをおもいっきり書けるので楽しいです笑笑

自分でもちょっと言い過ぎてるかな…って思ったりもするけど、みんな厳しい世界だからってフォローしてくれるので有難いです^^;汗


今日は大きく別けると、昨日少し触れた中学生のコーチをしていた話と二郎さんに夢の中で会った話、そして今日の1曲について書きたいと思います。

今は時間が結構空いているので、沢山書きます笑笑



最初は俺流指導方針です。

大きなモットーとしては「選手である前に人であれ」です。

中学生達が選手なのでどれだけ上手いやつでも、人としてなっていなかったらおれは試合には出しません。

プロであったり一定以上のレベルからは話は別だと思います。ただ、プロであっても程度によっては選手として認めらなくなりますよね。



コーチとして毎日指導していた時期があります。

その時期のある日に1人の生徒が練習に遅刻してきました。

理由を聞いたら、クラスメイトにいじめをして担任の先生に放課後怒られていたみたいです。

……ありえないですね。

人の痛みがわからないやつにチームスポーツやる資格はないので叱って部活に参加させずに帰らせました。

ただ、それはコーチとして自分にも責任があるので、後でその担任の先生といじめられた子に謝りに行きました。必ずあいつを正しい道に戻してみせると約束しました。

1週間位経ってそいつは母親と一緒に謝りに来ました。

反省の姿を見せたので部活には参加させましたが、チームメイト全員に謝罪させて、しばらくの日々は外走らせてました。

いじめられた子はいじめが原因で、その子の将来が大きく変わってしまう事があると思います。場合によっては自ら命をたつことにもなると思います。

いじめられた子もいじめられた子で自分の意思をはっきりと言えない事に問題はあると思いますが、そう簡単な話ではないですよね…… 以前GACKTさんがいじめられる子にも問題があると言っていましたが、自分は納得できます。でも、やっぱりいじめっ子に反発する事は気の弱い子にいきなりそうしろって言ってもなかなか酷ですよね…

そんな事をしておいて易易と練習に戻らせて好きなバスケなんかさせません。レギュラー格で試合にそいつが出れないことは、正直痛手でしたが、「人」として大切な事がそこにあったと思っています。

目の前の勝ちにこだわって「人」として大切な事を放置してはいけないと思います。


おれは真剣に頑張ってのびのびプレーしていれば、失敗しても怒らないタイプです。コーチが生徒の失敗を怒る事がその子の選手としての将来の芽を摘んでしまうと思っているからです。

だから派手なプレーも試合や練習でもガンガンやっていいって言っています。ただし、練習はかなりキツめですし、基礎はしっかりとやります。基礎練は地味ですが、生徒達に自分が信頼してもらえるようになって、基礎の大切さを理解してもらい、生徒自らが基礎を反復練習する姿勢に繋げる事がコーチとしての自分の役目だと思っていました。だから、やる事やってるんだから試合では生徒達におもいっきり好きな事やって欲しかったです。


結果至上主義の自分が勝ちだけにこだわっていない事に、自分のチームメイトや友達からはびっくりされました。


自分としては生徒達に、チームの一員としての自覚を持ってもらい、各々の個性を乗せられるだけの「人」としての基盤を大切に作りたいって思いました。

「選手」としては、とにかく個人のレベルアップ、個人技に重点を起きました。中学バスケが全てじゃないです。あの子達には自分と違って先がありました。だから、怪我だけはさせないように、きつい練習の中でも身体に無理だけはさせないようにしながら、一選手として力をつけてもらいたかったです。力を持っていれば、どこに行っても「選手」としてやっていけます。志があれば道が開けると思います。

それに基礎体力をつければ体が弱い子でも病気なんかや風邪にも強くなりますしね。これは大人になってから改善するのは難しいですしね…

生徒達はおれによく1対1を挑んできました。バスケがみんな好きなんですよね。

ただ、こてんぱんに返り討ちにしてやりました笑

でも、バスケが好きでずっと「選手」として続けていくのであれば、いつかおれなんかあっという間に通り越して「人」としても「選手」としても素晴らしい、みんなから愛される人間になって欲しいって思っています。

彼らの最後の試合を指揮した日、その試合には敗れました。素直に相手の方が上でした。相手チームを褒めるべきでした。

勝負の世界では結果が全てですが、ただ生徒達は本当によく頑張ったと思います。

「選手」達は立派でした。

試合が終わった後のミーティングではみんな泣いていましたが、もしかしたら自分が1番泣いていたかもしれません笑

弱小チームがこんな所まで勝ち上がってこれたんだから、本当に立派です。素直に褒めました。でも、最後は突き放しました。負けたという事実だけは忘れてはいけません。この悔しさを糧に次のステップへと進んでもらいたかったからです。


こういった経験をして先生になりたいなって思いました。

でも、ある優秀な中学時代の親友にお前は先生にはなってはいけない人間だって言われました。

彼には「私立ならまだしも、公立の先生は普通に学生生活してきた人間か、学校が楽しくなくて嫌な思いしていた人じゃなきゃ駄目だよ。お前みたいに部活も勉強も友達関係も上手くいっていた人間じゃ駄目。普通の生徒や上手くいかない生徒達の気持ちなんてお前にはわからないだろ?確かにお前は人の見えない所で努力していたと思うけど努力も一種の才能だし、同じ努力をしても生徒達がお前と同じ結果が出るとは限らないだろ?」って言われました。

彼の言う通りだと思います。そして最大級の賛辞も頂きました。

おれが先生をしてしまったら、必ず傷つけてしまう生徒達が出てきてしまうんですよね。。

はっきり言って毎日コーチをしていたのだって、生徒達に才能があるって見込んでいたからです。みんな小学生の頃からバスケをしていて高い身体能力を持っているやつもいる。結果が伴ってないのは、知識を持った指導者がいないだけだって感じていました。

コーチの依頼を承諾したのは彼らの才能におれが惚れ込んでいたからです。

彼らを「人」として「選手」として育てたいって思っていた反面、生徒達と一緒にこれからガンガン勝ちたかったって自分は感じていました。

これが「選手」としてあまり才能の見込みがない生徒達だったら、自分のモチベーションははっきり言ってほとんどありません。そんなこと口には出しませんが、内心ではそう思います。

こんな自分みたいな人間が中学生のような大切な時期の教育に関わってはいけないんだって強く感じました。

だから、仮に先生をやるなら高い目標に向かって優秀な人材が流れてくる私立の学校じゃなきゃ無理ですね。大体の人は勝負の世界というものをあまり望んでいないと聞きます。そういった生徒達とは自分は絶対に理解しあえません。それは先生としてではなくて人として自分はこういう人間なので…… 自分の器の小ささ、一流ではないという脆さがよくわかると思います。




ということで長くなってしまったので、あとの二つはまた後で書きます。

では、また