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小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

質問解答と「命」のお話し

 

 

こんばんは。

 

昨日はあれから病院に行って、その後急だったのですが優先しなければいけないことがあったのでそれをやりにずっと外出をしていました。

夜は音楽活動をしていました。

…一日の時間割の作り方が下手ですね自分。。

 

 

ということで質問にお答えしてから、「Air」を書きます。

 

 

Q.「ディズニーとジブリどちらがお好きですか?」

A.「自分はジブリが大好きです。ディズニー作品は赤ちゃんの頃から母親によく見せてもらっていましたのでディズニーも好きですよ。

小説家としての立場で言うのであれば、ディズニーでは「美女と野獣」が凄く素敵な作品だと思います。オズワルド辺りの時代の作品も良いなって個人的には感じます。ジブリでは、そこまで個人的には好きではないですが、「崖の上のポニョ」の作品としての完成度はかなり高いと思います。また、「風の谷のナウシカ」も物語性やメッセージ性においても凄い作品だと自分は思います。物語性としては「天空の城ラピュタ」や「千と千尋の神隠し」も凄いなって感じます。自分の個人的な感性としては、賛否両論一番わかれる作品ではあると思いますが、「もののけ姫」が一番好きですね。ここではこのくらいにしておきます。

最近のディズニー作品は機会があってすべてではないですが、近頃久しぶりに幾つか観たのですが、自分としては、なんだか歌ってごまかして夢だけを見せる子供だましのような作品に感じられて、正直あまり好きではないですね。。「美女と野獣」や「白雪姫」なんかと比べて「夢」がなんだかあやふやというか、はっきりしないというか、飛び込んでハッピーエンドって感じでしかないように自分は思います。感性は人それぞれだと思うので、自分の意見が絶対だなんてとても思ってはいませんが。ウォルトディズニーの「夢」から離れすぎているような感じがなんだかします。。時代が違うってことですかね、、

 

Q.「周りからバカだと言われていて、しんどいです。どうすればいいと思いますか?」

A.「周りからバカだって言われるってことは、バカなんだって思います。それがどういう「バカ」なのかは知りませんが… 自分はあなたの事を知らないので、実際どうなのかはわかりませんが、自分の評価は他人が決めるものだと思うので。自分の現状を理解してそう言われないために、正しい方向に向かって精進していくしかないと思います。バカだって言ったやつらを結果で見返してやりましょう。」

 

Q.「作者さんがくじけそうな時に聴く曲を教えてください。」

A.「Stevie Wonderさんの「Isn't She Lovely」です。日本でも一昔前に話題になったとある番組に使われた曲です。この曲を聞くと貧困に苦しむ子供たちの顔が浮かび上がります。そうなると、金のために自分が膝まづくわけにはいかなくなります。この話はこの後詳しくお話しします。」

 

Q.「好きな女の子とクラスが分かれてから全然話ができません… どう思いますか?」

A.「質問者さんが中学生なのか、高校生なのかで話は大きく変わると思います。中学生なら致命的ですね。中学生の恋愛における「クラス」は大きいと思いますし。「高校生」ならクラスが一緒にこしたことはないと思いますが、中学生ほどの影響はないと思います。まあ、クラスが分かれて話しできなくなるくらいじゃ、どっちにしろこの先に見込みはないと思いますけど。ただ、クラスはどうしようもできませんが、良くも悪くも「未来」は自分の手で変えられると思います。「今」に納得いってないなら行動あるのみだと思います。ここで生ぬるいこと言っても、わざわざ質問してくれた質問者さんのプラスにはならないと思うので少し厳しく自分の意見を言ったつもりです。現実は現実のままだと思うので。」

 

Q.「作者さんの本音がわかりません…」

A.「人の本心なんて簡単には分からないと思います。自分の性格を知っている人は、発言の意図や本音は何が言いたいのか考えてみてください。その答えが当たっているとは限りませんが。」

 

 

 

 

ということで自分が思う「命」のお話をしたいと思います。

なぜそんな話をするかというと、以前にも何度かお話ししていますが、これが文化活動をするにおいての自分の大きな原動力の一つだからです。

きっかけは質問でもお答えさせていただいたとある番組を観たことです。

その番組を初めて観た時、涙と自分の情けなさでいっぱいでした。

テレビの向こう側では、当時自分と同い年の男の子が学校に行けず、食べるものも何もなくて苦しんでいました…

自分は11歳の時に「夢」とは別に心に誓ったことがあります。

貧困に苦しむ子供たちの「命」を救ってあげたいって。

 

人間の「命」は平等じゃないと自分は思います。

ハリウッドスターがお亡くなりになれば、世界中でニュースになります。

でも、アフリカで餓死する子たちはニュースになりません。

平等じゃないのなら、みんなあの子たちの命を助けないのなら、おれが助けます。

そのためにはお金が必要です。

金じゃないけど金だと思います。

金がなきゃ助けてあげられないんですから…

 

 

自分が見た番組が使われている音楽から何の番組かわかった方もいると思います。

その番組が「やらせ」であったとしても、多くの子供たちの命が失われていることには変わりはないのでそこは詳しくは突っ込みませんが、、

 

その番組の話を自分は身近の人にお話したりします。

そこに興味ない方もいますが、それについては自分は何も思いません。みんな自分が一番大切だと思うので。

ただ、番組を観て「涙を流した」と言い、そこから「綺麗ごと」を言う人がいます。それはそれなので自分との友人関係にひびとかは入りませんが、「なんだよこいつ…」って内心は思います。

涙流しているくらい自分の気持ちが動いているのにもかかわらず、何もしないんですよ?本気でその綺麗ごと言ってるのなら、自分にできることをその子たちにしてあげろよって自分は思います。別に貧困に苦しむ子供たち全員を助けろなんて言ってません。でも、なんで涙流してるのに、ただ「涙」流して終わってるの?って思います。そんなの綺麗ごとだよって自分は思います。むしろ怒りに近い感情です。そういう人はすぐに泣くと思います。幸せな事や、嬉しい事、悲しい事があって涙を流しても、ただ、泣いているだけです。こどもと一緒だと思います。本気で泣けないからすぐに忘れます。そしたら、また泣いて、また忘れて… 変に慎重なくせに本質は大したことないって思います。軽い気持ちで泣けるんだから軽い人間だって思います。本気の涙を流したことあるのかな?って疑います。本気になれないから、何をやっても大した結果が出ない。結果出てないくせに綺麗ごと言ったり、「世界を見てみたい」とか言ってると思います。少なからず、自分がそう思う人達は大体「世界が見たい」みたいな事を言ってると感じます。どうせ、その「世界」見たって、そんな人間じゃ「見て」終わりだと思います。見て感想言っておしまい。そういう人は人の話を聞くことが大切だって言う傾向もあると自分の経験からは感じます。でも、その人たちは聞いておしまいだって自分は感じます。できるやつらは人からどう盗むかって事を自分に話してくれます。聞いて満足している自分がいるから、「人の話を聞くことは大切だよ?」って言うんだと思います。そんなことは大切じゃなくて過程にしか過ぎないと思います。着目する点は「人からどう吸収するか」だと思います。そのために「話を聞く」って事は手段にしか過ぎないと思います。

事務所にいても、友人にしても、選手の頃も、できるやつって言うのは聞く話を選びますし、「感想」なんか言いません。映画ひとつとっても、結果出してくるやつらは他人事の感想じゃなくて、自分なら… 自分はこうしなきゃいけないみたいな主観的に見れている傾向があると思います。

なんでもかんでも「聞く」だなんて…

その話が身になるかならないのかすらわからないのかよって自分は思います。

 

おれは16歳で事務所の方たちと出会って、人生が少し変わって、社会をほんの一部見れたけど、「汚い」って素直に思います。

だから綺麗ごとじゃダメなんだって感じます。

 

「綺麗ごと」や「夢」だけ語って、安っぽい「涙」流してすぐ忘れてしまうようなやつらなんか頼りにならないって思います。

この活動だって「金」のためにしています。

それは16歳の頃から変わっていません。

でも、助けたい命があるから、誰に何を言われようが、批判されようが自分は自分らしく精一杯できる事をやりたいって思います。

社会に自分の思いしかかけられないようなやつらに自分は負けません。

自分がいただいているこのお金には、友達や大切な人、家族、そして貧困に苦しむ子供たちの命がかかっているのだから。。

自分の事しか考えて社会にしか出られないやつとは、背負っているものもハングリー精神も、ものが違うって自負しています。

それぞれに、それぞれの価値観や思いがあって、何がいい悪いとかはないと思います。

ただ…

おれに対して親密な仲でもないくせに「視野が狭い」、「人の話を聞け」、「もらったお金どうしてるの?」、「事務所とバイト代があるんだから奢ってよ」みたいな事を、「見る」ことに着目しているやつらに言われる筋合いはないって思っています。

 

 

少し前に後藤健二さんという方がイスラム国に殺害されてしまったと思います。

みんな殺害されたという事実しか見れてないと思います。

あの人が命を懸けて写真に写したかったものを、後藤健二さんが見ていた視線の先を、わたしたちが見なければ、あの人の死は無駄になってしまうと思います。

勇気あるあの人の行動に敬意を表して、わたしたちに伝えたかったものを必死に感じるべきだと思います。

 

ということで本日はこの「命」に関する自分の思いに触れるイラッとしたことがあったので、作者はただいま大変ご機嫌斜めです(笑)

 

では、また。