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passing

小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

「101年」

 

 

こんばんは。

昨日はちょっとしたレコーディングをしていてAirを更新できませんでした。

ごめんなさい。

 

 

音楽をやっている友人がいます。

彼にとって、一つのきっかけになるように自分が作詞を担当して、またとある友人が作曲をしてくれました。

作曲に対して作詞は全ての言葉がフィットしません。

そのあたりの曲に合わせて歌詞を削ったり、変えたりっていう作業はその音楽をやっている彼がこなしました。

そして彼はその曲を自分にギターの弾き語りで聞かせてくれました。

歌詞もだいぶ変わっていたし、作曲も結構変わっていました。

自分にとっては彼が夢を叶えてくれることが一番です。

彼がうまくいったりそれでデビューできるなら、自分の提供した歌詞なんか使わなくたって好きにいじってもらって構いません。

 

しかし、今回の曲は自分にとって特別な思いを持って作った曲なんです。

このブログでは強がって変なことかいたり、Airのために小説のために思ってもいないこと書いたりしています。

でも、その曲の作詞には嘘偽りがありませんでした。

その歌詞が大きく変わってしまったことは正直悲しかったです。

彼の音楽センスがあるとかないとか、上手いとか下手とか、売れるか売れないか、名曲かそうじゃないのかとか、…そんなことじゃなくて、、、

不器用で言葉で「想い」を上手く伝えられない自分が自分なりに精一杯振り絞って書いた作詞なんです。

そんな自分の涙を隣で見ていてくれた友人が作ってくれた作曲なんです。

それだけは変えないでほしかった。

他の曲はいくらだって好きにしていい。

でも…この曲だけはダメなんです。。。

だって、おれがたぶん生まれて初めて人を愛した気持ちを唄った曲なんです。

「愛した」なんて表現使っていいのかわからないです。

愛するってどういうことなのかやっぱりいまでもおれにはわからないです。

でも、この前とある友人が言っていたんです。

「この身に変えてでも守りたい人がいるなら、それはその人のことをきっと愛しているんだ」って。

だから、おれはきっと愛していたんです。

口ではそうは言いませんでしたが、いまとなってはそう思います。

 

その曲のタイトルは「101年」って言います。

ごめんね。Nくん。

おれが先に曲名を公開しちゃったよ(笑)

でも、この曲だけは許して。

 

別に作って売れてそしたら…みたいなことまで考えてはおれはいません。

彼が音楽でうまくいってくれることと…おれのやり場のない気持ちを歌にすることしか出来なくて…

 

この先の未来がたとえ何も変えられないものだとしても…おれは唄います。

沖縄で学びました。

暑い時も寒い時も、辛い時も幸せな時も…

いつだって流れている。おれが感じるこの風に唄を乗せます。

…ただそれだけです。

将来がどうなるのかは知らないです。

でも、原点回帰です。

自分なりにいつだって真っすぐ生きてみようって思います。

 

真っすぐにやってみてダメならその時また考えます。

最近は本当に苦しかった。。辛かった。。

本当に精神的にしんどかった…

 

 

 

でも、なにかが自分を呼んでいる気がするんです。

なにが呼んでいるのかはわからないけど…

久しぶりの「直感」です。

どこから呼ばれているのか、なんのために呼ばれているのか全く分からない…

でも、根拠のない何かを自分は感じています。

 

その何かを感じながら「101年」は当時もそして一昨日も作詞しました。

別に何かを期待しているわけでもなければ、何かが変わるとも思わないけど、

……よくはわからないですけれども。。。

 

まあ、多少なりとも自分は元気にはなったって事です。

 

自分100歳くらいのおばあちゃんたちと話す機会を積極的に設けているんですよ。

自分と同年代くらいの人達って社会に出ている「いい大人」って感じの人の話を聞きたいみたいなこと言っている人が結構いるように感じます。

それはそれで悪くないとは思います。←かなり上からですが(笑)

 

でも、実際に高校生の頃から自分も厳しい業界でお金稼いでみて感じたのが、そういう「いい大人」の人達ってあんまり大した事ねえなって感じました(笑)

すごい人も当然いますけどね!(笑)

 

 

 

…100歳くらいのおばあちゃんたちにがんがん質問や思い出話聞いてみるんです。

するとすごくためになる話とか聞けます。

100年生きた人の後悔の話とかってすごく聞いていて心に染みます。

恋愛小説ってリアルな若い人の話たくさん聞いた方がいいっていうイメージがよくあると思うのですが、自分は逆です。

100歳まで生きた人の話を聞いてそれを今の時代にマッチングさせていきます。

100歳のおばあちゃんを16歳の無知の女子高生にしてあげるんです。

すごく面白くなるって自分は感じます。

 

おじいちゃんの話はなんで聞かないの?って疑問が湧くと思いますが…

単純に100年も生きているおじいちゃんが全然いないからです(笑)

それだけです(笑)

 

…結婚相手がすでに死んでしまっているからでしょうかね。。

おばあちゃんたちに正直な今の気持ちを教えてくださいって言って、「誰を人生においてあなたは愛しましたか?」って聞くとほぼ全員結婚した人のことはあげないです。

結婚した人ではなくて、学生時代に好きだった人を…若かった時に好きだった人を…100年生きた今となっては一番愛していたんだって感じるってみなさんおっしゃります。

なんだか不思議ですよね。。

 

ある100歳超えのおばあちゃんはこう言ってくれました。

「若い時って何かがあっても、やっぱり若気の至りがあったり軽率だったってその時は感じたりするんだよね。でも、そう自分を恥じてしまうくらい私は人を愛していたんだって…夢中であの人を全身で感じていたんだって…そう思うと自分のしたことが情けなくてたまらない… 結婚してしばらく経ってから気付いたの。結婚って社会的なものであるんだって。そこにはいろんな事情がある。じゃあ、それを全て取っ払っちゃったらどうなの?って自分に聞いていみたの。そしたら、結婚した旦那のことは自分に恥を感じられるほど愛せていなかったって。私は結婚に、結婚をした自分に、結婚を喜んでくれた親やお友達の笑顔に酔っていただけなの。今ではよく思うんだけどね、彼と結婚していたらどうなっていたんだろう?って。理屈じゃない。辻褄なんかじゃなくて、心の奥底からのものは彼と繋がっていたの。結婚した旦那と繋がっていたのは上辺の理屈だけ。彼と離れてみてしばらく経ってからわかったの。世界は広いけど彼は一人しかいない。たった一度の人生で心から人を愛せたならあなたの人生は幸せなのよ。誰のものでもないあなたの人生なの。歳を重ねた方が案外「愛」ってよくわかっていないものなの。大人が語る「愛」なんて理屈よ。若い子たちは結婚式が一番幸せなんじゃないかって考えていると思うけど、絶対に違うわ。生きてきた中で「今」が一番幸せって感じる事が誰しもあると思う。…それがあなたの人生にとって一番の幸せの時なのよ。未来に期待しても、その幸せはもう越えられない。100歳になって気が付く。自分の本当の一番幸せだった瞬間を。だって大河ドラマとか教科書の昔のお話し読めばわかることじゃない?自分にとっての本当の幸せって実は障害だらけなの。障害がないモノを人は愛と呼ぶ。でも、私はそうは思わない。大きくて高い壁が自分の一番身近な場所に立ちはだかる。だからやっかいなの。でも、越えられないようなものだから、越えた時が愛なの。人生ってそういうことだって私は思う。あなたも自分で乗り越えてみなさい。そしたら私みたいにならなくて済むわ。」

 

こんな風なことをお話ししてくれました。

話している最中おばあちゃんは目をつぶりながら涙を流していました。

自分はすごく学ばされた気がしました。

自分も思わず聞いていて涙を流してしまいました…

 

おれは101年後どう思うんだろうな?…

まず生きてないと思うけど(笑)

結婚もできなそうだし(笑)

結婚できてもきっとおばあちゃんと同じことを言ったりしてるのかな?

どうなんでしょうね…

 

おれは人生4,50年の人よりもその倍生きているおばあちゃんたちの話のが胸に染みます。

 

おばあちゃんたちには敵いません。

ぜひ長生きしてくださいね。

 

 

では、また