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passing

小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

「Air」.93

「今の演技凄く良かったわよ!生き生きしている感じがして。希ちゃんの演技を見ていると、私みたいなおばさんにはやっぱりないモノを感じるから羨ましいわ」
「そんな、わたしは今も伊藤さんの演技を心から見入っていました。わたしはまだまだ力不足だってことを痛感しています……」
「私には私に求められているモノがあって、希ちゃんには希ちゃんに求められているモノがある。だから、そこまで気にすることなくていいのよ。ただ、こんなおばさんの演技でも参考になる部分があったら参考にしてみてね」
「はい!わたしなんて学ぶことばかりですから。」
「……っ」
伊藤さんはなにかを言おうとしたんだけれども、それを直前でやめた。そして、わたしの向こう側を見つめて少し考え事をしているみたい。
「どうかしましたか?」
「ちょっと昔を思い出しただけよ」
「むかし…ですか?」
「そう。…お姫様って女の子の夢よね。希ちゃんはどう思う?」
「わたしも憧れは正直あります……」
「おとぎ話の世界じゃなくても、みんなお姫様になれるのよ。ただ、いつでもなれるわけじゃない」
「どういうことですか?」
「私はもう主役にはなれないってことよ。私、さっきお姫様が輝いていられる訳が分かった気がするのよね。それは…ううん。やっぱりなんでもない。それよりも、希ちゃんは今日は何か予定あるの?」
「今日はなにも……」
「今日もいつものマネージャーさんに帰り送っていってもらうの?」
「その予定ですけど。」
「今日はクリスマスイブよ、希ちゃん。迎え、断った方がいいんじゃない?」
正直自分の中でも悩んでいた。今日はクリスマスイブだし空斗くんと一緒に過ごしたいって気持ちはある。でも、明日会うのに今日も「このあと一緒にいよう。」って言ったら、彼に「しつこい」って思われてしまわないか不安だったから……
「どうしよう……」
「嫌なわけないでしょ。それに「しつこい」なんて絶対思われないから大丈夫!」
「え?なんのことですか?」
伊藤さんってもしかしてわたしと空斗くんのこと知っているの?でも、昨日の今日だし、わたしも空斗くんもきっと現場の人達には話していないのに。
「とぼけたってダメよ! わたし、「女」を何年やっていると思っているの?連絡してきなさい。もし監督が戻ってきたら「トイレ」だって言っておくから」
「伊藤さん…ありがとうございます。わたし行ってきます!」
「いってらっしゃい」
そう話してくれた伊藤さんの表情からは暖かい優しさが感じられた。でも、ほんの少しの悲しみが一部分も見えたような気がした。わたしは控用のイスに戻ってポーチからケータイを取り出してポケットにしまった。
「すいません、ちょっとトイレに行ってきます。」
「ああ、いってらっしゃい」
スタッフさんに一声かけてわたしは現場を離れた。
人の「優しさ」ってもしかしたらほとんどは「悲しみ」が材料になっているんじゃないのかなって、そんなこと考えながらわたし歩いていたんだ。