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passing

小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

「Air」.94

「今日は少し時間余ったね。…少し遠回りして戻る?」
「うん。そうしよっか。」
東京湾の彼方では夕焼けと海とが入り混じっていて、工業団地側を見ると夜がすぐそこまで来ていた。そんな風景がわたしを緊張させている理由の一つなのかもしれない。やっぱりまだ慣れないな、この緊張感に。
「……今日の演技すごくよかったなって思ったんだけど、希は手応えあった?」
「うん、今日は上手にこなせたって自分の中でも思っているよ。それに伊藤さんにも褒めてもらえたし。」
「伊藤さんに褒めてもらえたならすごいね!伊藤さんって普段と撮影中とが全然別人だもんね」
「やっぱり思った?わたしも今日すごく思ってたんだ!普段はあんなに優しいのに、撮影中は鬼上司だもんね。」
「うん、本当にすごいよね!」
……
「……空斗くん。」
「どうしたの?」
「今日はクリスマスイブだね。」
「うん。そうだね……」
「空斗くんは今日これからなにか予定ある?」
「何もないけど……」
「じゃあ、解散した後は一緒に過ごさない?」
わたしは思い切ってみた。今日伊藤さんの話してくれた言葉を思い出しながら。
「……いいの?」
思ってもいなかった言葉が返ってきた。
「え、空斗くん嫌だったかな?」
「全然嫌じゃないよ!ただ…いいのかな?って思って」
「どういうこと?」
「ほら、明日一緒にお台場に行ってくれるじゃん。だから、「今日も一緒に……」だなんて言ったらしつこいって思われちゃうかな?って思って」
びっくりした。空斗くんがわたしと同じことを考えていただなんて。
「しつこくないよ!わたしは空斗くんと一緒にいられることがすごく嬉しいから!」
「ほんと!?」
彼は子供のような純粋な眼差しでわたしを見ている。
「ほんとだよ!だから嫌われちゃうかもとか、しつこいだなんて思わないからこれからはなんでも素直に言ってね!」
わたしも空斗くんにしつこいって思われてしまう事が怖かったってことは言えなかった。わたしは少しかっこつけていたと思う。
「……本当に素直になんでも言っていいの?」
今度は疑心暗鬼な目でわたしを見ている。
「なんでも素直に言っていいから!ね?」
わたしは空斗くんの姿を見て優しくそう答えた。
「じゃあ、おれすごく素直になるからね。…知らないよ?」
「え、なにが?でも、わたしは素直な空斗くんであってほしいって思うから、いいよ!」
「ありがとうね!嬉しいけど、恥ずかしさもあるな……」
「なんで?」
「……わからない」
ほんとに恥ずかしそうにそう答える空斗くんが愛くるしかった。