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passing

小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

過去


こんばんは。


今日はドライブしながらずっとキロロさんの音楽を聞いていました。

おかげさまで職位変わったためにGWがまさかの……ありました笑


パソコンの過去のデータを先程見返していました。

そしたら我ながら良いなと思った一節があったのでご紹介します。


「もしも、彼女の中で寂しさや美化された思い出が彼女自身の気持ちを衝撃的に突き動かさなければ、僕のもとに「未来」も「明日」もやってはこない。その可能性が0に限りなく近いとしても


「僕は僕自身に正直でありたい。「終わった」とか「次がある」とかじゃなくて、「大人」になんかならずに、わがままな「子ども」のような素直さで時間が僕を許してくれる限り、自分自身の気持ちを大切にしたいと思う。たとえそれが、100年もの時間であったとしても」


あんまり覚えてないですけれども、一番書き込んでいた時期に、僕はこんなことを書いていたみたいです。

実に自分らしいと思いました。

数年前の日記を読み返してみても思います。

僕は僕自身をそんな風には思っていませんけど、案外人って年齢重ねても言ってることとかやってることって変わりがなくて、対して人間的に成長なんかしていないんだと思います。

人間としての成長を認めてしまったら、人間に優劣がつけられてしまうこともありますし、それを客観的に計る物差しもありませんしね。


年齢重ねて人としてすごいみたいな人ってどこにでもいると思うんですけど、僕は別にその人がすごいわけじゃなくて、見せ方がすごいだけだと思うんですよね。

あまり詳しくは言及しませんが笑




昨日は小説の一節として述べましたが、いずれ死んでしまう自分の人生を、いずれ死んでしまう誰かに邪魔されることなく、いずれ死んでしまう素敵な人と、いずれやってくる死まで一緒にいられることが、いずれ死んでしまう人間にとって、とても、とても素敵なことだと僕は思っています。


「いずれ死んでしまう」

人間なんてこの一言で全て理由付け出来てしまうと思います。

でも、それすら忘れて情熱を燃やせる思いがあるとしたら……死ぬまで死ぬことを忘れて燃やし続けるのもいいんじゃないのかと思います。

それは、楽園追放以前のアダムとイブのように。


最近は、英語が趣味なんですよ。

職業柄って言うのもあるんですけど、理由はそんな大したものじゃなくて、英文学読む際に英語必要なだけなんです笑

大してアカデミックな理由はないです笑



いずれいなくなってしまうんだから、自分の気持ちに素直にいたいって、僕は毎日、毎日、ここ最近感じています。

後付けの複雑でめんどくさい理由なんて、実は自分の気持ち一つでどうにでもなるんじゃないのかと思います。

自分の人生を自分じゃない人間に制限される義理はどこにもないと思います。少なくともそんな人間だとしたら、世界を語れる資格は1ミリもないと思います。

ちなみに僕は、世界に大して興味がありません笑

自分の目の前に広がる世界だけで十分です。


僕は最近思います。

僕自身は今を生きているようで、実はずっと過去を生きているんじゃないのかって。

ずっと……ずっと……気持ちは過去からやっぱり何も変わっていないんじゃないのかって。

そう思ったりしています。



では、おやすみなさい