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passing

小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

「Air」.119

今日は出番がほとんどなかった。当然と言えば当然だよね。だから空斗くんの隣に座っている時間が長かったんだけど、今日の空斗くんはあんまり口を開かなかった。やっぱりわたし病気になっちゃったから、「嫌われちゃったのかな」ってすごく不安だった。そんな思いで今日の撮影は終わったの。吉田さんには帰りのこと連絡したんだ。心配されたけどわたしが無理やり押し切っちゃった。

『お疲れ様でした。』のメモ書きを持ってあいさつを済ませると、空斗くんがわたしのすぐ傍にいた。

「行こうか」

わたしは不安を抱いたままゆっくりと首を縦に振った。現場を出る時も空斗くんはわたしの少し斜め前を歩いていた。そして、関係者専用の扉から空港のロビーに出ると空斗くんが足を止めた。

「お仕事、終わったね」

わたしは意味がよくわかっていなかったけど、とりあえず相づちを打った。でもね、次の瞬間に空斗くんがわたしの手を握ったの。

「目がよく見えなんだから危ないもんね。希がつまづいても受け止められるようにおれが少しだけ前を歩くから安心してね」

彼はお店までの案内もしてくれた。わたし、すごく嬉しかった……

お店に入った時も、店員さんが席に案内してくれた時も、空斗くんはわたしの手を離さなかった。席に座ると空斗くんはバックからルーズリーフ一枚を取り出した。

「希は今声でなくて辛いと思うからさ、一緒にこのルーズリーフに言葉を書いてお話ししよう。あと裏面には希が笑ってくれそうな話を思い出してメモしてきたから話すね」

そう言ってメモ書きされた面のルーズリーフを空斗くんは真剣に見ていた。

「でも、先に話す前に注文してからのがよかったね」

そう言って今度はわたしに先にメニューを見せてくれた。今日は空斗くんの誕生日なのに…優しすぎるんだよ、空斗くんは。でもね、涙が零れてしまいそうなほど幸せだったんだ。

注文したメニューが運ばれてくるまでわたしたちはルーズリーフを使って会話したり、空斗くんのお話を聞いていたの。わたしは声が出ないから反応は薄かったかもしれないけど、でもすごくおもしろかったんだ。くだらなくて笑えるようなお話ばかりだった。でもね、わたしのためを思ってしてくれた彼の努力が嬉しくて、嬉しくて…お話はおもしろかったんだけど、それとは違う思いでわたしの胸はいっぱいだった。