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小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

「Air」.124

 わたしは7-4号室に入るとあの日と同じように奥の席に座った。ここに入るのは三回目。一度はオーディションの時、二度目は一昨日に撮影が終わった「アフター5の恋」の打ち合わせの時、そして今。わたしのこれからの女優としての方向性を社長と吉田さんと話し合っていくの。

コンコン

「はい。」

 わたしは席を立つ。扉が開くと社長と吉田さんが中へと入ってきた。

「まあ、横山さん。ドラマの方はお疲れ様だったわね。本当に良かったわよ。とりあえず座りましょうか」

「ありがとうございます。失礼します。」

「早速なんだけれども、今回のドラマの撮影が終わって、武井さんからあなたの演技に対する称賛の声が私の下に届いてるわよ」

「本当ですか?」

「ええ、本当よ。とても評価していただいていたわ」

「それは凄く嬉しいですね。ただ、途中体を壊してしまったりして迷惑をかけてしまいました。」

「そんな事はいいのよ。体調不良だったんだからしょうがないわ。それよりも、あなたの今回の演技を見た他の監督さんから既に何件かのドラマのオファーが来てるのよ」

「え、わたしへのオファーですか?」

「そうよ。今回のあなたの演技を認めてくださったのは武井さんだけではなかったって事ね。あなただって今回のドラマ出演で自分自身反響を感じていたりするんじゃないの?」

 確かにドラマの地上波での放送が始まってから街で声を掛けてもらえるようになった。

「そうですね。やっぱり反響はあったと思います。」

「私達としてはあなたにこれからドンドン一流女優としての階段を昇っていってもらいたいと思ってるの。今回いただいたオファーの中には映画出演のものもあるわ」

「映画ですか?わたし…信じられません。でも素直に嬉しい……」

「そう、映画よ。でもね、横山さん。私達は映画出演程度であなたに満足してもらっては困るの。あなたは日本に留まらず世界への進出も期待しているのよ」

「世界、ですか?」

「ええ、そうよ。海外を視野に入れた活動も考えているわ」

「すごい…わたしが世界へだなんて……」

「嫌だったかしら?」

「とんでもないです!すごく光栄です!」

「そう思ってくれているならよかった。…ただね、横山さん。この世界で一流になっていく上であなたにどうしても話しておきたいことがあるのよ」

「……社長。それはもしかしてデリケートな話でしょうか?そうであれば俺は席を外した方がいいですよね?」

それまで何も言葉を発さないでじっと座っていた吉田さんが、社長のその言葉にいち早く反応してそう言った。

「そうね。そうしてもらえると助かるわ。ここは女同士の話し合いといたしましょうか」

「わかりました」

そう言って吉田さんは足早に部屋を出て行った。ただ、部屋の扉を閉める時何かを小さく呟いた気がした。もちろんわたしはその言葉を聞き取ることは出来なかったけど、そんなこと今はどうでもよかった。世界へ飛び出すための話し合いを早く社長としたかったから。

「では、ここからは女二人で話を進めていきましょうか」

「はい。」

「横山さん。あなた今回の撮影でずいぶんと航空学院大学の方にお世話になったみたいじゃない」

 社長のその言葉にわたしは一瞬心臓が止まりそうになったけど、動揺を見透かされないように努めた。

「はい。ドラマの撮影を進めていく中でいろいろとお世話になりました。」

「それだけじゃないでしょ?」

「え?」

「私も個別具体名を出して話を進めようだなんて思わないわ。でもね、横山さん。初めてのドラマ出演での若気の至りであなたのこれからの女優としての人生を棒に振ってほしくないの」

「……はい。」

社長が何を言いたいのかもうわたしにはわかっていた。

「横山さん。あなたまだ22歳よ。社会はあなたが思っているよりもとても広いのよ。それなのにいいの?こんなところで満足していて。あなたがこれから歩みを進める世界にはあなたがまだ出会ったことのないような社会人として、人間として素晴らしい人たちがあなたを待っているのよ」

「はい……」

わたしはもう返事をする事しか出来なかった。でも、確かに社長の言う通りわたしは狭い世界でしか生きていないって事も事実ではあると思う。

「すぐに決めなさいとは言わないわ。ただ自分の人生についてよく考えてみて。これ私の連絡先よ」

そう言って社長はわたしに電話番号が書かれたメモを差し出した。

「ありがとうございます。…社長。」

「何かしら?」

「社長がおっしゃりたいことっていうのは、つまり別れろって事ですよね?」

「別にそこまで言ったわけじゃないわ。ただ自分の女優として、人間としてのこれからをよく考えなさいって事よ。でも、あなたが自立した人間であるのならば結果的にはそうなってしまうのかしらね」

 わたしは何も言わなかった。

「あなたがここで満足してしまうような人間なら私たちの見当違いだったって事だけど、改めて言っておくわ、横山さん。世界は広いのよ。よく考えなさい。でもね、あなたは将来、大人のアドバイスは絶対に聞いておくべきだってどっちにしたって思うことになるわ。私も若い頃はいろいろあったけど今思えば若さゆえの過ちってところかしら。では、わたしはおいとまさせていただくわ」

「あの、社長。他に話は?」

「もうおしまいよ」

社長は薄っすらと嗤って部屋を出て行った。

 ……わたしはしばらく席を立つことができなかった。自分の考えが上手くまとまらなくて。

ガシャッ

部屋の扉が開くと吉田さんが中へと入ってきた。

「よう。どうだった?社長との女同士の話し合いっってやつは」

「ええ、わたしの女優としての、女性としての将来を考えるには有意義な時間でした。」

 わたしの中で気持ちが少しだけ揺らぎ始めていた。

「今日はもう帰るのか?」

「はい。今日は帰ります。」

「じゃあ、今日は送ってくよ」

「いいんですか?」

「ああ。今日は仕事はもうないからな。ってよりも仕事できるような…… いや、なんでもない。先に俺の車乗っててくれ」

吉田さんはわたしに車の鍵を渡したの。

「わかりました。」

「ちょっと寄り道して向かうから少し待っててな」

そう言って吉田さんは足早に部屋を出ていった。