passing

小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

幸か不幸か……

こんばんは。


「弱い者達が夕暮れ さらに弱い者を叩く」
この言葉を知っていますか?

これはブルーハーツさんのTRAIN-TRAINの歌詞の一部です。
僕はあまり公にはしていませんが、実はブルーハーツさんが結構好きで中学生の頃からよく聞いています。
……ただ、それだけです笑笑



では、今日の本題に参りましょう!

「自分の将来の夢のために彼と別れたんです」、「お互いの未来のために別れたんです」、「彼の夢を邪魔したくなくて別れたんです」

こんな感じの別れ話の相談を事務所にいた頃、僕はよく相談相手として聞かされていました。
「彼のため」ね……
正直僕は、言い訳もいいところだな、と思いながら当時は聞いていました。

人は確かに自分のためではなくて、誰かのためにするからこそ自分の実力以上のものが引き出せる生き物だと僕は思っています。
ですが、「誰かのために」という言葉は、非常に言い訳じみた言葉として使われているように僕は思います。例えば上記の通りで。

結局自分に何かしらの非があるのを自覚しながら別れていったことを「誰かのために」という言葉で正当化させ、美化させ、逃げているようにしか僕は思えないんです。


別にこの話題で僕が言いたいことは非難することではなくて、次のことなんです。ここまでは前提のお話です。

幸か不幸なのか、僕は高校を卒業した頃、お付き合いした女性は1人もいませんでした。
ですが、僕は特に気にすることはありませんでした。当時の僕には「学生バスケットボール日本一」の目標があり、毎日練習することが楽しくて仕方がなかったからです。
自慢になってしまうかもしれませんが、僕はその頃までの間、首を縦に振ればお付き合いできるような機会が比較的恵まれていました。
ですが、なんか嫌だったんですよね。中学生時代の恩師の先生に高校卒業した後に会った時、「彼女いない?いつまでお前は硬派ぶってるんだ」と言われました。
別に硬派ぶってたわけではなくて、本当になんか嫌だっただけなんですよ。

でもですね、それは心から好きになれる女性と出会えていなかったからだと思うんですよ。

では、もし心から好きになれる女性と中学生や高校生の頃に出会っていたとしたら……僕はおそらく勉強もバスケットボールも手を抜いてしまっていただろうと思います笑
事務所の活動なんて面倒くさくて一切やらなかったようにも思います笑

僕は学生時代、勉強もクラブ活動も文化活動も全く困りませんでしたし、むしろ普通の人よりも結果は良かったと思います。
その理由はなんといっても、才能ですよね……嘘です、冗談です笑
本当の理由は「準備」できる時間があったからです。
勉強するなり練習するなりレッスンに参加するなり、大切な本番に備えるための準備を自分の納得する形で毎回こなせていたからだと、僕は自己分析しています。

天才とは1%の才能と99%の努力、みたいな言葉がありますよね。
僕のこの言葉の理解している意味は、努力が大切だという意味ではなくて、いくら努力しようが1%の才能がなければ水の泡だと理解しています。
ですから僕の中の座右の銘はこうです。
「99%の才能に1%の努力」です
自分の才能を最大限に信じ込みます、そうするとたかが1パーセントでも、こなさなければいけない努力の量が莫大なものになります。
でもまあ、そもそも僕は学生時代、勉強はやらなきゃいけないもの、練習は努力だなんて思ってなかったので、そういうところは今思うとよかったのかな、とは思います。
他の僕の座右の銘は、「9割5分を流す人生」です笑
ふざけたものばかりです笑

話は大分それてしまいましたが、そろそろ話はまとまっていきます。
バスケットボールや勉強はともかくとして、自分にとって大切な誰かを失ってまで頑張ろうとすることって、結局そこまで大して大切なことじゃないと思うんですよ。
だから僕にとって勉強、特に英語力やバスケットボールなんて、僕の軌跡であることに間違いはないですが、実はそこまで大切なことではないと思うんです。
実際、やってきたプライドみたいなものはありますけど、僕の大切な人の前では本当にどうでもいいことなんです。

僕がバスケットボールをそれなりにこなしてこれたのは、幸か不幸か、その当時に心から好きな人がいなかったからだと思うんです。

僕ならですけど、例えば僕の心から愛している女性が隣にいてくれているのにも関わらず、その「彼女のために」なんて薄汚い言葉を使って、離れ、バスケットボールをすることなんて絶対に出来ませんね。

僕にとって、自分の好きな女性は、自分の命よりも大切な人です。その女性よりも、自分やバスケットボールが、尊いなんてことは天と地がひっくり返ってもありえないことです。

いろいろとくどい話をしてしまいましたが、今日の僕が何を言いたかったかというと、人間にとって、誰かを自分の命よりも尊く愛することって一番美しいことだと思うんです。
その事実からは、何があっても逃げてはいけないと思います。
つまらない世の中や仕事、スポーツなんかに邪魔されてはいけないと思うんです。

だから更に何が言いたいのかというと、僕はどんなに困難な状況であろうとも、僕は僕の本心にどこまでも素直でいて、好きな女性を「好き」と言える気持ちで、どこまでも歩き続けていきたいと思っています。

……本当に、そこにどんな困難があったとしても、僕は僕の好きな女性が僕を頼りにしてくれるのであれば、自分の命だって惜しくないです。
自分の命と人生の長い時間をかけたのですから、強く生きたいと思います。

腐った世の中でつまらない仕事してるのは、それこそ「誰かのために」なのではないかと僕は思います。……大切な人のためになんじゃないですか、恋人であったり、家族であったり、子供であったり。


おやすみなさい!