passing

小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

「Air」.153

「わたしは民間企業に就職するか女優を続けるか、その事でお母さんとケンカしていた時のこと話したつもりなんだけど、百合はどうしてそう思ったの?」

「どうしてって言われても、そのままだよ。素直にそう思ったから」

その言葉は子どものようにまっすぐなものだったけれども、わたしには少し羨ましかった。

「そっか、そうなんだね。」

嫌じゃなかったらさ、お姉ちゃんが好きだった人の話聞かせてくれない?」

「うん。…わたしが2年前にお付き合いしていた人の名前は空斗くんっていうんだ。わたしたちは同い年で、彼は当時航空学生だった。彼とはドラマを通して知り合った。空斗くんは普段はすごく真面目な人だったけど、実は子供がそのまま大人になったような人だったんだ。でもね、誰よりも優しくて、誰よりもわたしのことを好きでいてくれた。わたしが声が出なかった時もずっと傍にいてくれて、大切なドラマ出演の契約書をなくしてしまった時は夜中だったけれども街に出て見つけ出してくれた。実はね、わたしが外出先で足を捻挫した時は、人目も憚らず空斗くんはわたしのことをずっとおんぶして家の前まで送ってくれたんだ。本当はタクシーは使っていないの。使ってもよかったんだけど、わたしは彼の背中を離れたくなかったからさ…」

「そうだったんだ…… じゃあ、あの頃お姉ちゃんがよくお出かけしていたのはその空斗くんと一緒だったってこと?」

「そうだね。まだわたしも若かったし、時間があればいつも会っていたよ。」

「…素敵」

「え?」

「素敵だなって思ってさ」

「そう…百合には「お姉ちゃんも若かったんだね」みたいなこと言われると思ってた。」

「そんなこと言わないよ。だってすごく素敵な関係だったんだろうなって思ってさ」

「今話したことは綺麗な思い出の一部だけだよ」

「それは違うと思う。思い出って時間をかけて作られるものだって私は思うの。人間は都合が良い生き物だから、実際に起きたことに自分の感情が入り組んで、それを時間をかけてゆっくり美化したり、風化させてやっと思い出って完成するものだと思う。だから、2年経ったお姉ちゃんの思い出を紐解くと、それはとても素敵な関係だったんだろうなって感じる。なにしろ当時のお姉ちゃんの生き生きした姿を見ていたわたしが言うんだから間違いないよ」