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小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

「Air」.165

「のぞみさん、誕生日おめでとう」

「えっ…

ベンチに座るまで黙っていた空斗くんの沈黙を破った言葉にわたしは驚いた。

「あれ、間違ってた?」

「ううん、間違ってないよ。ありがとうね。ただ、覚えてくれたんだって思ってびっくりしちゃった。」

「当たり前だよ。記憶喪失になったっておれはのぞみさんのことだけは忘れることができない…

「空斗くん…」

「それで、どうしておれに会いに来たの?それによくおれがここにいるってわかったね」

「空斗くんに会えたことは本当に偶然なんだ。会いたかったから会えたことが本当に嬉しい。でも、わたしは空斗くんに謝らないといけない、ごめんなさい。」

「どうしておれに謝るの?」

「空斗くんは今日ニュース見た?」

「今日はまだ見てないかな。でも、どうして?」

「今日はわたしお休みでお家にいたんだ。そしたらテレビの速報でわたしの事務所のスキャンダルが公になったの。」

「ああ、あの社長ついにバレちゃったんだ」

「空斗くんは社長に一度会っているんだもんね。」

「一度じゃないよ。何度も会った。って言っても向こうから一方的にだけどね」

「そうだったんだ… 一度だけじゃなかったんだ。」

「でも、どうしてのぞみさんがそのことを知ってるの?」

「ニュースで事務所のスキャンダルを見てから直接事務所に行ったの。そこで全部話してもらった。」

「そっか。全部知ったんだ」

「空斗くんはどうしてあの時、社長や吉田さんが悪いことを空斗くんにしてるってわたしに話してくれなかったの?」

「言っても意味ないって思ったから」

「え?」

「おれにあれだけしつこくするくらいなんだから、あの人達ならのぞみさんにも何かしてるんだろうなって思った。それに教官も言ってたよ。「のぞみちゃんには大人をむやみに信用してはいけない」って話したってこと。だからおれはのぞみさん自身の気持ちを信じていた。でも、最後に会った日にのぞみさんがあの人達と一言一句変わらないことをおれに話したから正直イラっとした。それでも、ごめんね。嫌な思いさせちゃって」

「違うの!空斗くんは何も謝ることない!謝らなきゃいけないのはわたしの方だよ…わたし空斗くんの言う通り操り人形だった。最近になって妹とも色々話してやっとわかったの。でも、いまさらだよね。本当に…」

「そんなことないと思うよ。のぞみさんがそう思うならそれは気がついたその時こそが本当の意味でのスタートだと思うから、いまさらなんてことなないと思うよ」

「ありがとうね… 空斗くんは時間大丈夫?」

「大丈夫だよ。気にしてくれてありがとうね」

「それならよかった。…空斗くんはパイロットだしやっぱり彼女さんいるんだよね?」

「いないよ」

空斗くんはすぐにそう答えた。

「そうなんだ。でも、今はいないだけでやっぱりあれから他の素敵な人とお付き合いしたりしたんだよね…」

「してないよ。あれからずっと… のぞみさんは?」

「わたしもだよ。どうしてもそんな気になれなかったっていうかなんていうか…… でも、空斗くんはどうして?パイロットならモテるんじゃないの?」

「おれはずっとのぞみさんが心の中にいたから。だから余所見なんてできなかった。それだけだよ。それにモテたくてパイロットになったんじゃないからさ。のぞみさんは?」

「わたしも同じだよ。あの日から1日だって空斗くんのことを思い出さなかった日はない。わたしだってちやほやされたくて女優になったわけじゃないからさ。」

「そっか…

彼がそう言った後に、飛行機のゴオオーと加速する音がデッキに響き渡った。

「のぞみさん、大切な話をしていいかな?」

「うん。いいよ。」

空斗くんの大切なお話を聞くのは三度目。一度は東京タワーで、二度目は三度目と同じ今この場所で。

「おれはこれから最後のテストパイロットでイギリスに行ってくる。無事に終われば晴れて一人前のパイロットなんだ。 だから…、帰ってきたら、僕と結婚してください」

「えっ?」

「おれは本気で言ってるからね」

「空斗くんが本気なのはわかるけど、でも2年振りに会ったばかりなのに空斗くんはいいの?わたしずっと空斗くんのこと好きだったし、こんな立場だからもったいないくらい嬉しい話なんだけど、空斗くんはこんなわたしでいいのかな?って思って。」

「確かにのぞみさんと会うのは2年ぶりだけど。でもこの2年間で感じたんだ。会うことよりも、会えないことの方が自分にとってこんなに大きな存在感になるんだって。のぞみさんじゃなかったらさ、2年もあれば気持ちの方向は変わってしまうと思う。それだけ自分にとってあなたは大切な存在なんです。そして何よりも僕はのぞみさんのことが好きです。会えなかった2年間も含めて」

「空斗くん…ありがとう。わたしも空斗くんと同じだと思う。わたしだってこの2年間、空斗くんがいないことがどれだけ大きなことか常に感じさせられていた。でも、空斗くんもわかってると思うけど、わたしの両親はどう説得するの?うちの親を説得するのはすごく大変だと思うよ。」

「説得なんかしないよ。おれがのぞみさんを世界で一番幸せにするって御両親に約束するだけ。のぞみさんがおれと同じ気持ちでいてくれるなら絶対におれは引き下がらないから安心してね」

「ありがとうね…でも…

「まだ何か問題あった?」

「うん。わたしもう無職だよ。事務所があんなんじゃ潰れちゃうと思うし… わたしは今新しいお仕事を探さないといけない身なんだ」

「なんだ、そんなことか」

「え?」

「そんなことはどうだっていいよ、お金はおれがどうにだってする。のぞみさんが新しく違うお仕事をしたいなら応援する。専業主婦がいいなら専業主婦でも大丈夫だよ」

「専業主婦… なんだかわたし本当にお嫁さんみたいだね!」

「だから結婚してくださいって言ってるんじゃんか

空斗くんは恥ずかしそうにそう言った。

「うん、いいよ。不束者ですがよろしくお願いします。」

わたし、思ったよりも素直にお返事できた。

「本当に、いいの?」

「だって、空斗くんがそう言ったんじゃん!

「そうだけど…うん。おれすごく嬉しいや!」

彼は昔と何も変わらない笑顔で喜んでいる。

「わたしも本当に嬉しい。まさか誕生日にプロポーズしてもらえるなんて考えてもいなかった。」

「おれも

「そうなの?」

「だってのぞみさんとまた会えるだなんて思ってもいなかったからさ…」

「そうだよね、ごめんね。」

「…本当だよ」

彼はそう言ってわたしを抱きしめた。

「空斗くん…」

また会えてよかった。本当に…」

「空斗くん泣いてるの?」

「当たり前じゃんか」

わたしを抱きしめる彼の力が強くなる

「わたしも会えてよかった…本当にごめんね。」

「もう謝らなくていいから。おれちゃんと帰ってくるから待っててね」

「うん、待ってる。いつまで行ってくるの?」

28日に日本に帰ってくる」

「じゃあ、空斗くんの誕生日だね!」

「誕生日覚えていてくれたの?」

彼は一度離れてわたしの顔を不思議そうに見ている。

「もちろんだよ!忘れられないよ、大切な日だもん。」

「そっか。ありがとう」

懐かしいこの感覚…

「恥ずかしそうにしてる空斗くんはやっぱりかわいいな。」

「やめてよ、そんな…

彼はますます照れている。

「帰ってきたら結婚するんでしょ、わたしたち。それならもう一度28日にプロポーズしてね?」

「わかった。約束する」

「ありがとう。」

「…結婚したら本当にのぞみさんの好きなようにしてもらって大丈夫だから。お仕事をしても、専業主婦になっても。ただ、もしお仕事をするならやっぱり、おれには女優をしているのぞみさんしか考えられないんだ。いちよ話してはおくね」

「うん。話してくれてありがとう。…空斗くんはあのドラマ以外のわたしが出演していたドラマって見た?」

「最初は見たくなかったけど、やっぱり何回かは見ちゃった。でも、別にドラマ自体が見たかったわけじゃないから内容はよくわからなかったんだけど」

「やっぱりわたしの演技、ボロボロだったよね?現場でも酷いって言われてたんだけどね…」

「そうかな?おれはそうは思わないけど」

「え、どうして?」

「おれ素人だから演技が上手かどうかなんてわからないんだ。でも、のぞみさんが世界で一番可愛いってことだけはドラマを見ていて改めて感じたよ」

……そうだった。あの頃のわたしは空斗くんのために、空斗くんがわたしのことを可愛いって思ってくれることが嬉しくて頑張っていたんだ。あんなに酷いわたしの演技を、空斗くんだけが可愛いと言ってくれる。この人だけは、何があってもわたしの味方なんだ。そう思うとまた涙が溢れてきた。

「のぞみさんどうしたの?」

「嬉しいの…とっても嬉しいの。空斗くんだけは素直な気持ちでわたしを認めてくれるから…」

「そんなこと当たり前じゃん。そうじゃなきゃ、プロポーズなんてしないよ」

「うん、ありがとう。」

「おれそろそろ行かないといけないんだ」

彼は左手の腕時計を見ながらそう言った。

「じゃあ、そろそろ行こっか。」

「違うよ」

彼はわたしを再度抱きしめてから唇をわたしの唇へと重ねた。

わたしはそっと、目をつむった。

……

「行こっか」

「うん。」

わたしと空斗くんは手を繋いでターミナルの中へと入り、改めて連絡先を交換し直してから搭乗口へと向かった。

「わたし待ってるからね。テストは上手くいかなくてもいいから、ちゃんと帰って来てね

「そうはいかないね。上手くいかないと結婚出来ないからさ、おれが困っちゃうよ」

「そうね、わたしも困っちゃうと思う。でも、上手くいかなくたってわたしは空斗くんの傍にいるよ。」

「…今度は本当?」

彼は少し笑いながらそう言った。

「意地悪言わないで!本当だから…」

「わかった。ごめん」

彼はそう言ってわたしを軽く抱きしめた。

「うん、ありがとう。」

「じゃあ、行ってくるからね」

「気をつけて行ってきてね。」

空斗くんの中からわたしが少しずつ離れていく。

彼は検査場を通ると振り返って手を振ってくれたから、わたしは一生懸命に手を振り返した。そして空斗くんの姿を見えなくなるまで見送った。

「旦那さんのお見送りですか?」

そうわたしに声をかけたのは英国航空の保安員の人だった。

「…はい、そうです!夫の見送りです。」

少しだけ考えたけれども、わたしは心からの笑顔でそう答えた。わたしは幸せで胸がいっぱいだった。

空港からの帰り道にはタクシーには乗らなかった。お金の問題じゃなくてモノレールに乗りたかったからなの。乗っている間のわたしはずっと外を眺めていた。そこから見えた景色は2年前と何も変わっていなかったんだ。