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小説や作詞について書きますし、余計なこともたくさん、そして自分の決心について日々思うことなんかも書くかもしれません

「Air」.173

「いえ、そんな…わたしは何もしていませんよ。」

「そんなことはありません。希さんは兄の愛した人です。だから私にとってもとても大切な人なんです」

「あら、熊本さんお久しぶりですね。それにもしかしてそちらの方は希さんかしら」

その声は私の後ろ側から聞こえてきた。

「御無沙汰しています」

振り返るとそこには40代ほどの女性の姿があった。…もしかして。

「こちらは私の母親です」

はじめまして、空斗の母です。生前は空斗が大変お世話になりました」

空斗くんのお母様は腰の低い調子でわたしにあいさつをしてくれた。

「いえ、とんでもございません。わたしは横山希です。わたしは空斗くんと…」

お母様にも本当なら玲奈ちゃんと同じことを聞くはずだった。でも、お母さまの瞳にわたしを毛嫌いする色は見られず好意的だったから

「わたしは空斗くんと婚約をしていました。」

はっきりとそう言い切った。

「あら、そうでしたのね。それについては私は聞いていませんでした。でも、それはとても嬉しいことですね。空斗ったらこんな綺麗な方と婚約していただなんて、私は母として…ごめんなさい。今日は葬儀なのに私ったら急に嬉しくなってきちゃって」

お母さまはハンカチを手に取り涙を拭っていた。空斗くんの家族は、お母様も玲奈ちゃんもすごく心の綺麗な人なんだってわかった。

「希さんごめんなさい。母は涙もろい人でして」

「いえ、とんでもないです。…婚約の話をしてこんなにお母様に喜んでもらえてわたしはとても嬉しいです。」

「まあ、お母様だなんてそんな。こんなべっぴんさんに照れちゃうわね」

「本当だよね。私も今日初めて会った時びっくりしちゃった。お兄ちゃんやるなって思ったよ」

お母様と玲奈ちゃんは人とも笑顔だった。

「ですがね、希ちゃんは外見以上に内面もとても純粋な人なんですよ。空斗はいつも希ちゃんの裏表のない素直な心に惹かれていました」

教官、空斗くんがそう言っていたんですか?」

「ああ、そうだとも。だけど、空斗はこのことは恥ずかしくて絶対に本人には言えないと言っていたけどね」

教官は懐かしそうに言った。空斗くんはいつも子供のような素直さでわたしに話をしてくれていたから、恥ずかしくて言えないことなんてないんだと思っていた。

「でも、今日は空斗くんの葬儀なのにどうしてお母様も玲奈ちゃんも笑顔でいられるんですか?」

「それは空斗が幸せな人生を歩めたと思っているからですよ」

 お母様はそう言った。

「でも、空斗くんはもう少しで一人前のパイロットになれるはずだったのに、直前で事故に遭ってしまって…」

「あら、一人前のパイロットを目前に死んでしまった事をあの子が悔んでいるだなんて私は微塵も思いませんよ」

「うん、私もそう思う。お兄ちゃんならそんなことどうだっていいんだって考えていると思う」

人のその言葉にわたしは驚いた。

「確かに空斗ならそういう風に考えられるだろうな」

教官も続けてそう言った。

「確かに空斗は死んでしまいましたが、それよりももっと大切なことがあります。空斗は人生の最後に心の底から人を愛して死んでいったんです。これ以上の喜びは人間にはないと思います。生きている以上、いつかは人間皆死にます。でも、人を想う気持ちだけは決して消えません。だから空斗は人間として一番幸せな死に方をしたんです。全て希さんのおかげですよ、本当にありがとうございます」

「本当にお母さんの言う通りだと思います。それにお兄ちゃんの体は深海の底で見つかっていません。きっとお兄ちゃん、空が大好きだから空の方にでも行ってるんだと思います。今までお兄ちゃんはたくさん頑張ってきたから、今頃は大好きな空を近くで見ていて、希さんの事を空の向こうから見守ってくれているんだと思います」

お母様と玲奈ちゃんの思いやりが嬉しくて、嬉しくて仕方なかった。

空斗くん、わたし「優しさ」と「思いやり」の違いが今やっとわかった気がするよ

お二人にそう言ってもらえてわたしは本当に嬉しいです。わたし、空斗くんにプロポーズしてもらえて本当に幸せ者です。彼と婚約出来て本当によかった…」